SOULWAVE

法撃剣士スタークォーツ・パート9

約12分

 目の間にある両開きの扉からおぞましい気配が漂ってくる。
「ここです。ハトミさん。敵はここにいます」
 白のセイバーによって自身の感覚が研ぎ澄まされているのか、あるいは相手の放つ邪気が強烈であるのか。どちらにせよ、スタークォーツは自分でも驚くほどブラックフォトンの出処を感じ取れた
 扉の横に取り付けられているプレートを見ると『催事場』と書かれている。
 ハトミがドアノブに手をかけるが開く様子はない。
 鍵がかけられているとわかったので、ハトミはドアに小型爆弾を取り付けた。
 スタークォーツ、ハトミはそれぞれドアの両脇に立つ。
「では行きますよ」
「ええ、お願いします、ハトミさん」
 ハトミが爆弾を起爆させると、扉が内側へ吹っ飛んでいく。
 直後、横殴りの雨のような銃弾が室内から飛び出してきた。
 スタークォーツは屋上でクーガーNXに対して使ったのように、再び【ゾンディール・反転の型】を使って敵の銃撃を反射しながら室内へと入る。
 催事場内は『宇宙からの祝福の会』によって持ち込まれた通信機材によって即席の司令室となっていた。
 主だった戦闘要員は地上で公安と戦っているはずなので、今銃撃しているのは本来ならば通信要員として働いている信者たちだろう。
「怯むな! 撃て! 撃て!」
 リーダー格と思しき信者が、檄を飛ばす。本来ならば無駄弾を撃たぬよう指示をだすべきだが正規の訓練を受けていないのでそれに気づかないのだろう。
「ぐわっ!」
「ギャッ!」
 スタークォーツが使う【ゾンディール・反転の型】によって反射された銃弾で敵は次々と自滅していく。運良く銃弾が返ってこなかった信者に対してはハトミが手や足を撃ち抜いて無力化する。
 信者たちは残らず倒れ、銃声が止まった催事場内は一転して静かになる。
「やれやれ、やはりこの者達では無理だったか」
 敵の中で一人だけ無事だったヴィーラスがつぶやく。
 ハトミはヴィーラスに対しても攻撃を行ったが、彼は黒のセイバーで銃弾を弾き飛ばしていたのだ。
「やはり、私自身の力で決着をつけるしか無いな」
 ヴィーラスの様子が明らかにおかしい。少しばかり剣術とテクニックが使えるに過ぎないチンピラはおらず、目の前に立つ男は悪党とは言え一流の剣士としての風格をまとっていた。
「おまえは本当にヴィーラスなの?」
「うすうすはわかっているのだろう? そうとも私はヴィーラスではない。彼の肉体をもらいうけた黒のセイバーそのものだ」
 屋上で感じた邪気は単に黒のセイバーが放つブラックフォトンの量が増えたのかと思ったがそれだけではなかった。たんに暴力を奮って悦に浸りたいだけのヴィーラスならば付け入る隙きもあっただろう。しかし眼の前にいるのは油断ならぬ剣士だ。
「お、お許し下さい、黒のセイバーさま。どうか無力な我々をお救いください」
 足を撃ち抜かれて倒れていた信者の一人が黒のセイバーにすがりつく。
「ああ。いいとも。かならずお前たちの敵を倒してやろう」
「ああ。救世主様!」
 信者は痛みを忘れて歓喜に震える。
 黒のセイバーがちらりとこちらを見る。そこにある笑みはスタークォーツに体内を虫が這い寄るかのようなおぞましさを感じさせた。
 黒のセイバーが自分の本体である邪剣を抜く。
「おまえの好きにはさせない。開祖アマサギに代わり、私がおまえを討つ!」
 スタークォーツは白のセイバーを頭上に掲げた。
「光よ!」
 叫んだ瞬間、白のセイバーの刀身から清らかな輝きが生まれる。
 その光を浴びた瞬間、黒のセイバーが全身の力が抜けたかのように膝をついた。
「ぐうっ! ああ、この光は懐かしいな。200年前にアマサギと戦った時に浴びた光だ。あの時よりも更に強くなっている」
「その通り。白のセイバーがもつダーカー弱体化の能力を最大限発揮できるよう開祖アマサギが編み出したのが、この【グランツ・破邪の型】よ」
 だが、追い詰められているというのに黒のセイバーは笑みを崩さなかった。
「私の予想通りだ。いつかどこかで白のセイバーを持つものが現れるのはわかっていた。だからこそ、私はこの技を編み出したのだ!」
 何かを仕掛けてくる! スタークォーツは直感的にそう思った
「ハトミさん! 私から離れないで!」
 直後、黒のセイバーからどす黒い霧が放たれる。そして、その霧に触れた信者たちが異様に苦しみはじめた。
「ああああああ!! く、黒のセイバー様! いったい何を!」
「なんてことはない。ただ、お前たちの命を貰うだけさ」
 信者たちの身体がみるみるうちに黒い粒子となって分解されると、それらは黒のセイバーに吸収されていく。
「ああ、いいぞ。力がみなぎる。他人の踏みにじって利益を得る。まさに幸福の王道だ!」
 膝をついていた黒のセイバーがすっと立ち上がった。【グランツ・破邪の型】の力に何らかの形で対抗しているのは明白だ。
「見たか! これこそ私が編み出したブラックフォトンを使ったテクニック。他人の命をエネルギー化して自らの力とする。名付けて【メギスタール・王道の型】だ!」
 メギスタールは攻撃を与えた対象のエネルギーを吸収して傷を癒やすという特殊な治療テクニックだ。しかし、敵が使うものはそれよりも更に強力になっている。ただ傷を治すだけにとどまらず、戦闘力そのものが増強されているのだろう。
 エネルギーをライト<正当な>フォトンからブラックフォトンへ変えただけでこの変わり様。黒のセイバーの開発者がブラックフォトンを利用しようと考えたのもうなずけるが、かといってダーカーの力を認める訳にはいかない。
「さて、これで互角になったな、スタークォーツ。いや、もうじき私のほうが有利なのかもしれないな」
「!」
 スタークォーツは敵が何を狙っているのかを理解する。
「ハトミさん。急いで公安の部隊と合流してここに来ないようにつたえてください。あいつの力に変えられてしまいます」
「わかりました。どうか気をつけて」
 ハトミは催事場の出口に向かって駆け出す。その迷いのなさはスタークォーツがかならず勝つと信じているからなのだろう。
「おやおや、ヒントが露骨過ぎたかな? まあ言わなくてもすぐ気づいただろうから構わんか。公安共の命はおまえを殺した後に頂戴しよう」
「ハトミさんたちをおまえのような怪物の餌食になどさせない」
「怪物? いいや、私は人のパロディさ。確かに私は人ならざるものだ。しかし、知性を持ったからには人のように意義を持って生きていたいという望みがある。私はカラスやヴィーラス、そして『宇宙からの祝福の会』から人のなんたるかを学ぼうとした。人を知れば自分の生きる意義を見いだせると思ったからな」
「人を知る? 知った上でやっていることがこれだというの?」
 人らしくあろうと言いながら、人道から外れている黒のセイバーにスタークォーツは怒りを覚えた。
「ああそうだ。私は人を学んだ。そして理解した。人にとって、他人の不幸こそが真実の幸福であると」
 黒のセイバーが自分の本体であるどす黒い刃の切っ先を向ける。
「そう! たとえ自分がどれほど傷つこうとも、他人の不幸のためならば私はためらわずに前へ進む! それこそ私が目指す人の道だ!」
「やはりおまえは危険よ。絶対に生かしておく訳にはいかない」
「それは正義とやらか? しかし、おまえが信じる正義が人にとっての標準であるとどう証明する。人とは悪事を行って誰かを不幸にするために生まれてきたという私の真理をどうやって否定……」
 スタークォーツは床を蹴って一瞬で間合いを詰め、黒のセイバーに斬りかかる。これ以上戯言を言わせるつもりはない。
 黒のセイバーの反応は早く、スタークォーツの攻撃を黒い剣で受け止める。
「何が標準であるのか知った事か。たとえこの世全ての人がおまえの言葉が正解であると認めたとしても、私は自分の良心に従う」
「いいだろう。ならば物事をシンプルにしたほうがいいな。私は他人を不幸に追いやって多幸感を得たい。おまえはそんな私に死んで欲しい。どちらの願いが通るか一つ暴力で決めてしまおう」
 黒のセイバーが剣を引くと同時に後ろへ一歩ステップ。そのまま間をおかずに刺突を繰り出してきた。
 スタークォーツは白のセイバーで相手の攻撃を受け止めつつ体の外側へと受け流す。
 刺突攻撃をしたために黒のセイバーは剣を持つ腕が伸びきり、胴ががら空きとなる。スタークォーツはそこへ白のセイバーを叩き込もうとした。
 だが、黒のセイバーの反応が早かった。もう一度素早く後ろに下がり、スタークォーツが放った胴をなぐ一太刀は敵が身に着けている衣服を斬り裂くのみで身体に届かなかい。
 尋常ならざる反応速度! 平凡な剣士ならば上半身と下半身が切断されていたはずだ。
 スタークォーツは敵と離れないよう一歩踏み込んで間合いを近く保つ。空振りになってしまった切り払いから返すように逆袈裟に剣を打ち込もうとする
 対し、既に黒のセイバーは下段からの攻撃を受け止めようとしている。
 このまま攻撃は難なく受け止められてしまうのか? 否! 白と黒、二つの刃がぶつかり合おうとする直前、スタークォーツは剣を引いてそこから一瞬で上段からの唐竹割りに切り替える!
 逆袈裟はフェイント! すでに黒のセイバーは下段防御の型を固めているため、人間離れした反応速度でも間に合わない。
 開祖から続く因縁を断ち切る一刀をスタークォーツは渾身の力を込めて振り下ろす!
 黒のセイバーが笑みを浮かべる。
 突如として黒のセイバーの左肩から黒い腕が生えたのだ!
 影が実体を持ったかのような腕は、拳を握ってスタークォーツに殴りかかる!
 スタークォーツは攻撃を中断し、腕で顔面を狙った打撃を防御するが、金属の腕が音を立てて軋むほどの衝撃に彼女の体はまるで車にはねられたかのようにふっとばされる!
 スタークォーツは空中で体をひねり、受け身を取る。床に叩きつけられる衝撃を分散すると同時にすばやく立ち上がって構えた。
「編み出していた技は一つだけではなかったということね」
「そのとおり。これが第二の技、【イル・メギド:腕<かいな>の型】だ」
 イル・メギドは殺傷力を持つ暗闇を手の形に生成し、それを発射して敵を攻撃する。黒のセイバーはそれを応用して、第3の腕を生み出したのだ。
 スタークォーツは構えたまま様子をうかがう。
 腕を増やす。派手さはないが剣の打ち合いではかなり厄介だ。相手の太刀筋と黒い腕、二つの攻撃に注意しなければならない。
 相手をよく観察し、どこから攻めるかをスタークォーツは考える。黒い腕は黒のセイバー自身の腕と長さは変わらず、なおかつ左肩から生えている。ならば相手の右半身側から攻撃すれば、黒い腕による攻撃は届きにくいはずだ。
「どうした! 攻めないのならばこっちから行くぞ!」
 スタークォーツの目論見を打ち砕くがごとく、黒い腕が伸びて襲いかかる!
 白のセイバーで切り落とそうとするが、まるで蛇のように腕がしなってスタークォーツの攻撃を避け、逆に脇腹めがけて鋭く拳を叩き込んだ!
 再びふっとばされるスタークォーツ! 今度は受け身を取れず、「宇宙からの祝福の会」が使っていた通信機器に叩きつけられてしまう。
 ボディの制御プログラムが今の一撃で人工臓器に損傷を受けたこと伝えてくる。
 スタークォーツは立ち上がろうとするがわずかにぎこちない。
「アマサギの後継者はその程度か!」
 黒のセイバーが襲いかかる! 黒い剣による稲妻の如き太刀筋と、黒い腕による変則的な攻撃。この二つの攻撃にスタークォーツは防御に専念せざる得ない。
 必死に敵の攻撃を見切ろうとするが、攻撃の機会はなかなか得られない。スタークォーツを防戦一方に追い詰めていることに黒のセイバーは嗜虐的な笑みを浮かべているが決して油断などしておらず、隙きを見せることはない。
 戦いが長引いていく。激しく体を動かすことで脇腹に受けた損傷が徐々に広がっていった。
 このままでは黒のセイバーを倒せないだろう。刺し違えてでも敵を倒す覚悟をする時が来たのかもしれない。
 無謀なことをすれば、自らの命を諦めれば目の前の敵を倒せる保証など何処にもない。もしかすると、命を無駄に捨てただけであっさりと敗北するかもしれない。
 これは掛けだ。スタークォーツはその掛けに乗る覚悟を決める。
 その時である! 突如催事場の窓が砕け散ったかと思うと、黒のセイバーから生えている黒い腕が根本から千切れとぶ!
「何だと!?」
 黒のセイバーが驚愕し、中を舞う黒い腕に気を取られる
 今こそ黒のセイバーを討ち取る唯一にして絶好の機会!
「やあぁぁぁぁぁぁ!!」
 持てる力の全てを振り絞り、スタークォーツは白のセイバーを黒のセイバーの心臓に突き刺した!
 まるで時間が止まったかのような静寂が訪れる。
 再び音をもたらしたのは、黒のセイバーだ。彼は苦痛の声を上げながら血を吐く。
「そんな。私はまだほんの少ししか幸福を手に入れていないというのに……」
 黒のセイバーの手から、元は彼自身であった黒い剣がこぼれ落ちる。
「他人の不幸で得る幸福など認める訳にはいかない」
「なぜだ、私の望みはこの世すべての人も同じように持っている望みのはず。それなのにどうして私だけが殺されないといけないのだ」
 スタークォーツが白のセイバーを引き抜くと、黒のセイバーは力なく倒れ、胸の傷からどくどくとおびただしい血を流した。
「嫌だ。死にたくない、私はただ幸せになりたいだけなのだ」
 黒のセイバーは自らが流した血の池で、もがきながら再び黒い剣に手を伸ばす。意識をヴィーラスの体から剣に戻して生き延びようとしているのかもしれない。
 だがスタークォーツはそれを許さなかった。黒のセイバーが触れるよりも前に、白のセイバーで黒い剣を破壊する。
「ああ……」
 黒のセイバーは絶命し、瞳から命の灯火が消える。
 戦いは終わった。長きにわたるアマサギ流と黒のセイバーの因縁にようやく決着が付いたのだ。
 しかし、それが自分ひとりだけの力であるとはスタークォーツは思っていなかった。黒のセイバーを打ち倒すための技を編み出した開祖アマサギと、彼女の技を受け継いできた剣士たちの先に自分がいる。
 そして何よりも、窮地から助けてくれた心強い仲間おかげだ。
 スタークォーツは窓の外を見る。市庁舎の隣のビルにハトミの姿があった。
 彼女は大型の狙撃銃を持っていた。最初に持っていたアサルトライフルとは違う銃なので、おそらく公安から借りたものだろう。それを使って隣のビルから黒のセイバーの黒い腕を狙撃したのだ。
「助かりました。あなたのおかげで黒のセイバーを倒せました」
 通信機を使い感謝の言葉を伝える。
『スタークォーツさんが無事で何よりでした』
「こちらはもう安全です。公安が来ても問題ないでしょう」
『わかりました。公安に伝えてそちらに向かいます』
 通信を言えたスタークォーツは、自分がはかしいた黒のセイバー本体と、精神を乗っ取られたヴィーラスの死体を見る。
 他人の不幸を幸福と感じる黒のセイバーは紛れもなく人でなしだ。しかし、「他人の不幸は蜜の味」という言葉が指し示すように、それは人が持つ悪心の一つだ。その極地を目指そうとするその姿は確かに人のパロディであり、ある意味ではこれ以上ないほど人間らしいのかもしれない。
 人が人である限り、おそらくは誰かの不幸を願ってやまない者は後を絶えないだろう。これは未来永劫繰り返されている戦いのうちの一つに過ぎない。
 良心の光は決して人の世を満たすことはなく、必ずどこかで悪心のどす黒い闇が潜んでいる。
 不毛だ。あまりに不毛すぎる。
 しかし不毛だからといって剣を捨てるつもりはない。人がいる限り悪は不滅であろうとも、悪が栄えることを認めるつもりなどない。せめてこの剣が届く範囲で良心を守り、悪心を滅ぼす。
 そうであるべしとスタークォーツは自らに命じた。

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