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法撃剣士スタークォーツ・パート6

約9分
法撃剣士スタークォーツ・パート6

 ハトミはストーンから手に入れた情報を精査するため、一旦自宅へと戻る。
 彼女の自宅は都市外縁部の住宅街にある。買い物や通勤には少々不便だが、騒音の少ない立地は気に入っている。
 自宅は平屋の小さな一軒家だ。公安の退職金を全てつぎ込み、それでも足りなかったのでローンを組んだのだが、それだけの価値はあると満足している。
 居間にあるコンピュータを起動させたハトミはストーンからの情報が保存された記憶媒体を接続する。
 画面に表示される様々な操作情報に目を通しながら、ハトミはオラクル船団が発見した各惑星以外に潜伏先となりうる場所がないかと考える。
 理論立てて考えれば、どこかの惑星に潜伏しているという公安の方針に間違いはない。人が生きるには多くが必要だが、大前提としてまず空気が必要だからだ。しかし、間違いはないからこそヴィーラスたちもそれに気づいているのではないかという疑念が頭から離れなかったのだ。
「でも、惑星以外に人が生存できる場所なんて普通は存在しない……他にあるとすれば逃げたと見せかけてアークスシップ内に潜伏するという手だけど、それもすぐに分かってしまう」
 ヴィーラスが持つ黒のセイバーのブラックフォトンが即座に感知されてしまうし、それを隠そうとしてもブラックフォトン以外のエネルギー反応も遮断してしまうため、不自然にエネルギーを感知できない場所が発生する。
「アークスシップ……もしかして」
 自らのつぶやきにハトミは一つの可能性に至る。
 ハトミはオラクル船団政府が一般に公開しているデータベースにアクセスし、これまで廃棄されたアークスシップの情報を手に入れる。
 情報には廃棄時の状態について記載されている項目があり、ハトミはその部分に注目する。多くはダーカーの襲撃や彗星の衝突によって大破したり、あるいは老朽化によって解体されたとある。
 ハトミはその中で自らが思いついた可能性を含むものを探し出す。
「あった、アークスシップ・クレスト号」
 廃棄理由には構造上の欠陥と記されている。
 通常、アークスシップは都市区画に人工重力を発生させているが、クレスト号は欠陥により人工重力の負荷に長期間耐えきれず、そのまま使い続ければ3年以内に船体が破断すると判明した。
 オラクル船団政府は対応策を検討したが、現実的なプランは出てこなかった。欠陥を改善するにはアークスシップを新たに一隻建造するほどの費用がかかる。当時のオラクル船団は財政難に陥っており、費用捻出は不可能であった。
 人工重力の範囲を小さくして負荷を弱めれば使えないこともないが、半径500メートル以内でなければ船体破断は避けられない。そんな狭さでは住民全員を生活させることなどできず、クレスト号の人々は全て別のアークスシップへ移住することとなる。
 そして無人となったクレスト号はそのまま放棄された。改装する費用がないのならば当然解体する費用もない。
 ハトミはクレスト号が敵の潜伏場所として利用されている可能性があると考えた。
「クレスト号は都市としては使い物にならないけれど、少人数が一時的に潜伏する程度なら問題ない。どこかの惑星に逃げたのでないのならば、ここしかないわ」
 それは確定した事実ではなくあくまで可能性に過ぎない。しかし、調査するには十分に価値がある。
 ストーンに連絡するため電話を手に取ろうとした時、玄関のインターフォンがなった。
「どちら様ですか?」
 壁に設置されたインターフォンの応接画面をみると、玄関の前に作業着を着たヒューマンの男が立っていた。手には段ボール箱を持っている。帽子を妙に深くかぶっていて顔は見えない。
『郵便局の者です。ハトミ様にお届け物がありますのでサインをお願いいたします』
「……分かりました。少し待ってください」
 ハトミは玄関ではなく寝室へ向かった。そしてクローゼットを開けて中にあるモノを引っ張り出す。

郵便局員の制服を着ている男は腕時計を見る。
「遅い……」
 ただ玄関を開けるだけなのに妙に時間がかかっている
「くそ。気づかれたか」
 男は持っていた小包を放り投げて、右手を玄関へと向ける。
「はっ!」
 気合いと共に手のひらから火球が放たれる。発火現象を発生させるテクニックの一つ、フォイエだ。
 火球は玄関に命中すると爆発し、木製の扉を粉砕した。
 玄関からは居間が見える。そこには起動したままのコンピュータがあった。
 彼は意識を集中させ、フォトンを使って自らの知覚を強化する。
 寝室から物音が聞こえてきた。
 予め暗記しておいたハトミの自宅の間取りを思い浮かべる。寝室の窓はちょうど玄関とは正反対の位置。おそらく、そこから逃げ出すつもりなのだろう。
「浅はかなやつだ。そんなんで逃げられると思っているのか」
「必ず教祖様の仇を取ってやる」
 男はほくそ笑む。
 男は寝室へと走り、その扉を蹴破る
「死ね!」
 叫ぶと同時にフォイエを放とうとした
 だが、それよりも前に男の顔面に衝撃が叩きつけられる。
「ぐわっぁぁ!」
 決して小柄ではないにもかかわらず、男の体は軽々とふっとばされて反対側の壁に叩きつけられた。
「クソ。何が起こった」
 頭に受けた衝撃で意識が朦朧としながらも、男は立ち上がる。
「怪しいと思ったらやはり私を殺しに来たのね」
 寝室から出てきたハトミは機械式の鎧を装着していた。
「エクゾスケルトンか」
「そうよ。凶悪犯を鎮圧するために警察と公安で運用されているパワードスーツ。三日前のヴィーラス襲撃で身の危険を感じたから念のために用意したものだけど、まさか本当に使うことになるとは思わなかったわ」
 フォトンの力を操れる超人はみなアークスに所属するよう法律で定められているので、警察や公安はそれらの人材が存在しない。そのための代替としてエクゾスケルトンは開発されたという。
「そんな玩具を使ったところで、管制官ごときが元アークスの俺に勝てるとでも?」
 彼にとってエクゾスケルトンなど、フォトンを使えない連中が苦し紛れに作り出したガラクタにしか過ぎなかった。
「……」
 ハトミは無言で構えた。両手には金属製の篭手が装着されている。殴った時の威力を高めると同時に、エクゾスケルトンで強化されたパワーから装着者の拳を守るための装備だ。
 機械の力があるとはいえ徒手空拳には変わりない。それでもハトミは自分が勝てると思っている。男は見下されたと感じて怒りに燃えた。
「宇宙の祝福を否定する愚か者め!」
 男は右手をハトミに向ける。いくらエクゾスケルトンを使ったところで、互角になるのは運動能力のみ。こっちにはテクニックという決定的な優位点があるのだ。
 広い屋外ならともかくここは室内だ。使うテクニックさえちゃんと選べば、エクゾスケルトンを使っても避けることなど不可能。
 彼は爆発を発生させるラ・フォイエを使うと決めた。室内ならば爆発力が拡散しにくくなり、威力が屋外よりも向上する。
 そのはずであった。
 ハトミは怯むどころから自分から近づいてきたのだ。
「なっ!」
 予想外の行動に男はテクニックを放つのに一瞬遅れてしまう。
 たとえい一瞬でも致命的であった。
 至近距離まで間合いを詰めたハトミは、男の腕を脇の下に挟み込み、エクゾスケルトンのパワーアシストを借りてそのまま骨をへし折った
「ぎっ」
男が腕に走った激痛で叫び声を上げるよりも早く第二撃が襲いかかる。強烈な掌底が下顎に炸裂し意識が瞬断した。それによりラ・フォイエを発動させるために集中させていたフォトンが霧散する。
 男が意識を取り戻した時、既にハトミは折れた彼の腕を掴んだまま背負い投げを繰り出そうとしていた。
「せぇいっ!」
 フォトンの恩恵を受けて肉体を超人化させているとはいえ、受け身も取れぬままエクゾスケルトンのパワーで叩きつけられてしまえば耐えられない。
 全身に襲いかかる衝撃に男は意識を失ってしまった。
 

 
 完全に気絶した男を見下ろしながら、ハトミは安堵した。
「相手が人間同士の戦いに慣れていなくて助かったわ」
 勝敗を決したのは敵の能力が劣っていたからでもなく、エクゾスケルトンの性能が優れていたわけでもない。ひとえに経験の差によるものだった。
 ダーカーという怪物を相手にするアークス戦闘員は当然ながら人間を相手にした戦いを想定した訓練をほとんど受けていない。
 対してハトミは公安時代に人間相手の戦闘訓練をいやというほど受けてきた。相手はダーカーではなく犯罪者だからだ。
 加えて、公安を止めた後でも戦闘訓練は続けていた。そもそも戦闘員を補佐する管制官といえ直接戦いにかかわらずとも戦いの現場には出てくるのだ。もしものために自衛できる程度の実力は必須となる。
 それに運も良かった。戦った時、この暗殺者からは油断の気配が感じられた。自分に課せられた任務を「楽な仕事」と軽んじていたのだろう。
「ハトミ、一体どうしたんだ」
 玄関から声は少し前に別れたばかりのストーンであった。
「ストーン、いったい何しに来たというの?」
 ハトミはトゲトゲしい言葉を投げつけながらストーンを睨む
「そう露骨に嫌そうな顔をしないでくれ。「宇宙からの祝福の会」の本部を監視しているチームから、連中がお前の家をハッキングしているって連絡を受けたから、こうしてそれを教えに来たんだ」
「ハッキング? なるほど、少しわかってきたわ」
「ハトミ、この男は?」
 ストーンが気絶した暗殺者を見て尋ねる
「おそらく、「宇宙からの祝福の会」の信者ね。私を殺すためにやってきたのよ」
「教祖と幹部を捕まえた時、逆恨みした信者が何度かハトミを殺そうとした時期があったが、そのたびにおまえは信者たちを返り討ちにしていたな。何度か失敗してから暗殺者は現れなくなって諦めたと思ったんだが……」
「今回はそれとは別の理由ね。連中は私の家をハッキングしていたから、私が何を調べていたのかわかっていた。おそらく、ヴィーラスの潜伏先に気づいたから慌てて殺そうとしてきたのでしょう」
「ヴィーラスの潜伏先だと。本当か」
「確定したわけじゃないけど、調べる価値は十分にあるわ。クレスト号という廃棄されたアークスシップが現在どうなっているか調べてみて」
「わかった。すぐに調べる。この暗殺者の処遇についても人を呼んで対応させる」
「頼むわ」
 ストーンは足早に立ち去っていく。
 彼が扉を失った玄関から出ていったのを見て、ハトミは深くため息を付いた。
「まだ築一年にもなっていないのに……」
 お気にい入りの新居を無残に傷つけられたことにだんだん腹が立くる。
 ハトミは気絶している暗殺者を軽く足で小突いた。

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