都市を内包する程に巨大な宇宙船が無数に寄り添って形成されているオラクル船団。その中には都市ではなく食料生産のための牧場が作られている宇宙船がある。
「わあ、見てくださいよリナ。あそこに何かいますよ」
橘イツキが指差す方向にはここで飼育されている家畜が、牧草を食んでいる姿があった。
泉澄リナはその家畜を観察する。外見はホルスタイン種の牛に似ていた。角は無く、毛色が赤と小麦色のまだら模様となっている。
「近くで見ると大きいわね」
中でもひときわ目を引くのはその大きさで、地球の象に匹敵する。
「これまで調査してきた惑星の原生生物をベースに食肉用の家畜としての遺伝子操作を行っており、生後からおよそ1年でこのサイズにまで成長しますよ」
リナとイツキに同行していたシエラ5271が解説をしてくれる。彼女は各シップを管理するハイ・キャストであり、同じ姿を持つ姉妹が大勢いる。ナンバー5271のシエラはこの農業シップの担当だ。
「食肉用の家畜は一種のみなのですね」
「はい。種が異なると餌や飼育方法が変わって負担が大きくなりますから」
この日、イツキとリナは夏休みを利用してオラクル船団へ観光旅行に訪れていた。
エスカOS端末に標準インストールされているPSO2というオンラインゲーム。その舞台であるオラクル船団が架空のものでなく、別次元に実在する世界であり、PSO2の正体はそこにアクセスするためのシステムだと知ったのは去年の事だ。
数日前に、世界間交流としてオラクル船団からの招待をリナは受けた。今後地球との交流を行う上で、地球人が自分たちの文化をどう感じるのか知りたいらしい。その招待をリナは快諾し、同行者にイツキを誘ったのだ。
オラクル船団の招待を受けたのは純粋に知的好奇心があるというのも理由の一つだが、本音の方はと言うと、イツキとの関係を維持したいというのもある。自分は大学に通い、高校3年生の彼は受験勉強というのもあって、ここ最近は会う機会がめっきり減ってしまっている。離れていても心はつながっていると夢想するつもりはない。親しい関係というものを続けるにはそれ相応の情熱が必要だから、その熱を維持するためにリナはイツキとオラクル船団の観光旅行をしようと思った。
「それでは、次は栽培エリアへ案内します」
シエラに案内された栽培エリアは、畜産エリアの近にあった。
「こっちはなんだか工場って感じがしますね」
イツキの感想通り、そこは畑というよりも野菜の生産工場と称したほうが相応しい光景であった。ケージ内にずらりと並ぶ野菜たちの根は土の中ではなく、養分が溶けた培養液に浸されている。また、その上には日光と同じ光を発する電灯があった。
「こういうの、たしか水耕栽培っていうんでしたっけ?」
「そうよ、イツキくん」
地球でも同じように水耕栽培で野菜の生産は行われているが、ここほど大規模かつ高度なものはない。
「畜産エリアは家畜の健康維持のために広い空間を必要とするため、その分は栽培エリアでスペースの節約しています。培養液には生育に必要な養分のほか、成長促進剤も含まれています。また、作物自体も短期間で成長するよう遺伝子操作による改良が施されており、およそ1週間で収穫可能となっています」
そうシエラが説明してくれた。
こちらの方は種類を増やしても家畜よりは負担がかかりにのか、幾つかの品種が育てられていた。木の枝から生えているほうれん草のような葉菜や、鮮やかな黄色をした大根のような根菜などがある。
しかし、それでも地球の野菜と比べて圧倒的に種類が少ない。
その次の水産エリアでは巨大な水槽内でマグロに似た魚が飼育されている。
水産エリアではカニやエビなどの甲殻類やアサリやシジミといった貝類は育てられていなかった。魚も幾つかの種類はあったが、どれも大型の魚ばかりで、イワシのような小さな魚はない。
「さて、一通り農業シップについては案内しましたが、何か質問はありますか?」
「負担が大きくなるからたくさんの種類は育てられないってシエラさんは言っていましたけど、それでオラクルの人は食べ物に飽きないんですか?」
イツキがシエラに尋ねる。その疑問についてはリナも考えていた事だ。
「食料の種類が少ないのは、昔からオラクル船団が抱えている社会問題の一つです。ですので、アークスではダーカー討伐の他、各惑星の食用可能な原生生物や植物を食料として調達しています。もちろん、環境に悪影響を与えない範囲ですが」
「畑とかは作らないんですか? ナベリウスとか野菜づくりに良さそうだと思いますよ」
「ナベリウス発見当時はそういった計画は確かに持ち上がりました。水や空気、日光すらも人工的に用意しなければならない船内農業よりも、惑星での農業のほうが遥かに低コストで済みますからね。ですが、畑を作るというのは自然環境を人為的に操作することになります。そのため、ダーカーによる環境破壊から惑星を守るというアークスの理念に反するとして白紙にされました」
「なるほど」
「ただ、やはり食料の種類が少ないのは住民の精神衛生に影響を与えてしまいますので、味にバリエーションを与えるよう様々な調味料や料理方法が開発されています」
続けて、リナもシエラに質問する。
「私からの質問なのですけど、地球と食料貿易を行う可能性は?」
多彩な食料を生産できる地球からの輸入が可能ならば、この問題は解決される。
「もちろん検討はされていますが、非常に難しいですね。地球産の食料を買うための外貨を持っていないのもありますけど、オラクルと地球とでは通信技術を除けばかなり文明レベルに差がついています。そのような状態で迂闊に交流を行えば、私達の存在が地球の社会情勢に深刻な悪影響を与えかねません」
「確かにそうですね。オラクルの文明を知れば、どの国もその技術が欲しくなるでしょう。もしも技術を手に入れたのなら、その国は他国よりも圧倒的に有利になれます」
極端な話、オラクルの技術を手に入れるために戦争が起きてもおかしくない。
「今はまだ、リナさんやイツキさんのような例外的な人としか交流は出来ないですけど、いずれ友好的な交流を地球と行いたいというのがオラクルの意思です。それには長い時間が必要ですから、50年先か100年先かもわからないですけど、いつか実現したいですね」
と、その時イツキのお腹がぐぅとなった。
「ちょっとイツキくん、はしたないわよ」
「ごめんごめん。難しい話を聞いて頭を使ったからかお腹が空いちゃって」
「もう」
二人きりのときならいざしらず、人前でお腹を鳴らすイツキにリナは自分までも恥ずかしくなってきた。
「ちょうど食事の時間ですね。オラクルの食材を使った料理を用意してありますよ」
「ホントですか? やったあ!」
「イツキくん!」
子供っぽいイツキをリナは母親のようにたしなめた。
考察
ゲーム上ではフランカのクライアントオーダーやギャザリングなどで食料系のアイテムを手に入れているが、狩猟と採取のみでオラクル船団全体の食料を確保できるとは考えれない。当然、農業を行っているはずである。
劇中の描写を見る限り、オラクル船団はどの惑星上で畑や牧場を作っている描写は一切ない。先住民がおらず、なおかつ農業に適している環境と思われるナベリウスですら手付かずのままだ。
そこで可能性として考えられるのは、農業用シップでの食料の生産である。
街一つを内包できる巨大な宇宙船とはいえ、農業に使える空間は限られている。その上、水、空気、光など、惑星上では豊富にある資源をオラクル船団は自力で作り出す必要がある。なので、食材のバリエーションは二の次で、育てる負担の少なさと収穫量を重視している可能性が考えられる。
ところで、フランカのクライアントオーダーには龍族の肉を要求される物があるが、食肉目的で龍族を殺傷して彼らと外交問題にはならないのだろうか……人間型の生物ではないものの、知的生命体の肉を食べるという発想は相当なホラーである。