『どうにか白のセイバーの後継者に選ばれました』
電話越しで聞くスタークォーツの声は、落ち着こうと努めていつつも心が弾んでいる色があった。
「おめでとうございます。まずは一歩前進ですね」
『ですが喜んでもいられません。これから白のセイバーを完全に使いこなすために奥義の習得に入ります』
「きっとあなたなら習得できるでしょう。私もヴィーラスの居場所を突き止めるために頑張ります」
『ハトミさんなら、きっと見つけ出せると信じています』
望んでいた言葉を与えられ、ハトミは自らの職務に喜びを感じた。
「ええ、任せてください」
たった今感じた喜びを心の中の小箱に大切にしまい込み、ハトミは気持ちを引き締めた。スタークォーツの信頼に背かないために。
電話での会話を終えたハトミは自分がいる場所を見渡す。
そこは公衆墓地であった。無数の黒い金属板で作られた墓標が極めて整然と並び立っている。金属板には葬られている人物の戸籍番号、生没年、名前が白い文字で記されている。装飾のたぐいは一切なく、金属の墓標はさながら書架に収められている記録文書であった。
ハトミが「ツネコ」と名前が記された眼の前の墓標に触れると、そこに葬られている人物の情報がホログラムで空中に投影される。オラクル船団において墓とは死者の情報を保存する記録媒体として扱われている。そもそも、墓に死者を葬るという文化自体が存在しておらず、遺体は特殊な微生物で完全に分解されて土となり、公衆墓地の土地として使われている。
オラクル船団では死後の世界という概念は存在しない。死とはその人が消え去った状態であり、遺体は人の残骸でしか無いと認識されている。代わりにその人がたしかに生きていたという事実を記録し、それを保存することが重要視されてる。遺体を保管するのではなく、死者を忘れないことが最大の敬意であるのだ。
いま表示されている死者の情報は、人の一生を記録していると言うには平均よりもあまりに少なかった。事実、この記録の人物はまだ28歳の若さで命を落としているのだ。ハトミはホログラムを操作し、そのツネコの人生の終盤、彼女がなぜ命を落としたのかその理由が記されている箇所を表示させる。
今から三年前、キャスト化手術を受けた者達が手術後にブラックフォトンに汚染されてダーカー化するという事件が次々と発生した。汚染されたものたちは全員が同じ医師の手術を受けていた。その医師というのがキャスト化手術の専門医であるツネコだった。その為、公安警察は彼女を最重要の容疑者として調査が進められた。
結論から言うとツネコは無実であった。真犯人はツネコが勤務していた病院の看護師であった。その看護師はダーカー化することが人間の幸福であると考えるカルト教団、『宇宙からの祝福の会』の構成員であり、ブラックフォトンに対する抵抗力を消してしまう特殊なウィルスを用いて、キャストとなった者達を汚染していったのだ。ツネコが担当した患者ばかり狙ったのは、疑いを自分から彼女へ向けさせるためだった。
しかし真犯人を公安が突き止めたときには既に手遅れであった。その看護師は病院内で自爆テロを行い、患者や病院の職員達を道連れに命を断った。犠牲者達の中にはこの墓に記されているツネコも含まれていた。
何者かが近づいてくる気配を感じ取った。ハトミはそちらへ視線を向ける。
「久しぶりだな」
背広姿のヒューマンの男がいた。微笑もうとしたがそれに失敗して引きつってしまった表情をしている。
「そうね、ストーン」
ハトミが彼を見る眼差しは冷え切った鉄のようだ。
「その、なんだ。管制官の仕事はどうなんだ?」
「そんな世間話をする暇があったら、手持ちの情報を渡して」
「……」
ストーンは「しまった」という表情を浮かべながら、懐から携帯用の記録媒体を差し出す。ハトミは彼と視線を合わせないまま、それを受け取る。
記録媒体の中身はオラクル船団の公安警察による捜査情報だ。
オラクル船団内でテロに関する捜査は公安が担当することになっており、ダーカーと同質の力を持つ黒のセイバーを持ち込んだとして、ヴィーラスは外患誘致罪による指名手配を受けている。通常の事件ならば、すべて公安で解決を目指すのだが、もはや人型ダーカー同然となったヴィーラスはアークス戦闘員でなければ対応不可能だ。
こうしてハトミが本来なら部外秘である公安の情報を受け取れるのは、上層部に掛け合ってスタークォーツをヴィーラスの討伐担当として任命させた結果だ。それによってハトミには戦闘員の補佐という名目で、情報を受け取る権利を手に入れている。
「現時点で判明していることは二つ。ヴィーラスが黒のセイバーをアークスシップ内に持ち込んだ手口と、それを支援した協力組織の存在だ」
ストーンが渡した情報の概要を説明する。
「アークスシップにはダーカー接近を察知するために、奴らが放つブラックフォトンの反応を感知するセンサーが搭載されているから、本来ならば内部に持ち込むどころか近づくことすらできない。しかし、スタークォーツとヴィーラスが戦った時間帯に戦闘現場からブラックフォトン検知されなかった。それどころか、あらゆるエネルギー反応が検知されていなかったんだ。スタークォーツ使ったテクニックから街の街灯が放つ微弱な電磁波に至るまで全てだ」
「エネルギー反応を遮断する装置を使ったと見るのが妥当ね。個人がおいそれとは調達できないからさっき言った協力者が用意したのね」
「そのとおりだ。くわえて協力者は装置だけではなくヴィーラスの逃亡に手を貸している」
「ヴィーラスは瞬間移動する能力を持っていたようだけど?」
「大した距離は移動できないようだ。やつが100メートル間隔で瞬間移動する様子を監視カメラが捉えている。やつは宇宙港まで移動したあと、そこにいた協力者が用意した中型宇宙船に乗り込んで宇宙へ脱出していた。そのときの映像で顔がわかったから身元はもう割れている。だが……」
そこでストーンは言いよどむ
「どうしたの?」
「ヴィーラスに協力していたのは『宇宙からの祝福の会』のメンバーだ」
それまで穏やかな水面であったハトミの精神が一転して激しく燃え上がる炎となった
「あの連中は、まだ懲りていなかったようね」
「冷静になってくれハトミ」
「私は冷静よ」
自分で口にしておいて説得力のない言葉だというのは自覚していた。気がつけば、両の拳を握りしめ奥歯を食いしばっている。ストーンからして見れば、導火線に火が付いた爆弾が目の前にあるようなものだろう。
「キャストのダーカー化事件に関わっていた教祖と上層部を軒並み逮捕された『宇宙からの祝福の会』は、事件とは無関係だった一般信徒のみとなり、表向きは当たり障りのないボランティア団体として活動していた。だが、黒のセイバーを持つヴィーラスが現れたことで再びテロに手を染めようとしている」
「黒のセイバーの力を知れば、連中がヴィーラスを放っておく訳がないわね。ヴィーラスと連中が協力関係となったきっかけはわかっているの?」
「ヴィーラスは元々アークス戦闘員だったが暴力事件を起こして免職させられたあと、非合法の傭兵として活動していた。そして、最も新しい顧客が『宇宙からの祝福の会』というわけだ。お前はもう知っているだろうが、『宇宙からの祝福の会』は定期的にナベリウスへ巡礼を行っている。あの星はダーカーの上位種であるダークファルスが出現した土地だからな。連中にとっては聖地となっている。ヴィーラスが雇われたのはナベリウスの肉食動物から守るための護衛としてだ」
「ダーカーに殺されるのは幸福なのに、普通の動物に食べられるのは嫌なのね。どちらも死ぬのには変わりないと言うのに」
ハトミは皮肉を口にする。普段スタークォーツと接しているときにはまず出てこないものだ。
「200年前の黒のセイバー事件において、アマサギは黒のセイバーはナベリウスへ落下したと証言している。当時の上層部は大気摩擦で消滅したと判断したようだが実際は無事だったようだ。そして、『宇宙からの祝福の会』の巡礼の護衛としてナベリウスを訪れた時にヴィーラスは黒のセイバーを発見したと推測されている」
200年前の上層部が抱いた楽観視。ヴィーラスが黒のセイバーを発見する。そして、そのヴィーラスがダーカーを信奉する『宇宙からの祝福の会』と関わりがあった。邪悪な偶然が重なり続けて最悪な結果へと突き進もうとしている流れをハトミは感じ取っていた。
「ヴィーラス達の逃亡先に目星は付いているの? 彼はいずれスタークォーツさんの前に現れうるでしょうけど、できればこちらから先手を打ちたいわ」
「目下調査中だ。連中はワープを使って何処かへ向かったが、使った宇宙船は長期間の生活には向いていないタイプだ。なら、人が居住可能ないずれかの惑星に降り立つ必要がある」
「ワープは技術的問題でオラクル船団が訪れた場所にしか移動できない。なら、連中の逃亡先はナベリウス、アムドゥスキア、リリーパ、ウォパル、ハルコタンのいずれかに絞られるわね」
「探知方法はフォトン波エコー式でやっている。オラクル船団の住民は他の惑星の生物にはない特殊なフォトンを持っているから、連中が探査用フォトン波を浴びれば独特の反応が返ってくる。エネルギー反応を遮断しようとしても、そうした場合はフォトン波が消滅する場所が出てくるから、そこに潜伏しているとすぐ分かる」
「わかったわ」
1週間という期間はもどかしいが、今すぐわかっても即座に行動はできない。スタークォーツが白のセイバーを完全に使いこなすためにはそれなりの日数が必要となるだろう。
「もう行くわ。もらった情報を元に私個人でも調べてみる。何か分かったらそちらにも情報を共有するわ。もっとも、公安から離れて私の能力は錆びついているからあまり期待しないで。三日前、ぬいぐるみに仕掛けられた爆弾への対応が遅れてしまったくらいだから」
「そんなことはないさ。ブランクがあったとしても心配ない。あの時のお前に必ず戻れる」
嫌な……正確には不愉快な予感がした。
「それはどういう意味かしら」
ハトミの声はナベリウスの凍土よりも冷たい。
「公安に戻ってきてくれ。お前の才能はそのためにあるはずだ」
「前にも言ったはずよね。人を疑うのが当たり前の世界から縁を切りたいと」
「まだツネコの件を気にしているのか? あれは仕方がなかったんだ。ツネコがお前に助けを求めた時点では、彼女が最有力の容疑者だったんだ。白か黒かはっきりするまで徹底的に調査するのは公安として間違ってはいなかった」
「あの時の私がするべきことは、ツネコを信じて真犯人を見つけ出すことに全力をつくすことだったのよ。そうしていれば、自爆テロを行う前に真犯人を逮捕できて、犠牲者を増やすこともなかった」
「それは結果論だ。公安の仕事は人を信じるなんて甘い精神論は通用しない。疑うことは治安のためには必要なことだ」
ストーンからすればそれはハトミを諭すつもりだったのだろう。だが、彼女の神経を逆撫でてしまっているだけだ。
「無実の人の言葉を信じずに死なせてしまって、あげくそれを仕方がないと処理するようなことが社会にとって必要だったとしても、私個人がそれに付き合う筋合いなんて無い」
「だが才能があるのは事実だ。それを無為にするなんて社会に対する損失だ」
「冗談じゃないわ!」
ハトミは声を荒らげる。
「私は才能を出力するための奴隷じゃない。私が従うべきなのはただ一つ、自分の良心よ」
あの事件のとき、ハトミは容疑者であるツネコの尋問を担当していた。同世代でなおかつ女性ということもあったのだろう。ツネコは涙ながらに自分の無実を訴え、ハトミに助けてほしいと懇願した。
嘘が得意な悪党は飽きるほど見てきたが、その時に限っては彼女の言葉は真実であると直感した。状況はツネコが犯人であると指し示しているが、あまりに不自然なほどに彼女にとって不利なものばかりであった。仮に真犯人だとして、自分の犯行を示す証拠をまったく隠そうする形跡すらなかった。それこそ、誰かが彼女に罪をなすりつけようとしたかのようではないかと、ハトミは自らの良心の声を聞いた。
あのときは捜査員としてのセオリーではなく、良心に従うべきだったのだ。
別れの言葉を告げずにハトミはストーンの元から立ち去っていった。
「ハトミ!」
背中から呼び止められる声をハトミは無視した。
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