アークスシップ内には展望室がある。そこからは青と緑の美しい惑星の姿が見えた。惑星の名はナベリウス。先月発見さればかりで、アークスシップでは調査の準備が進められている最中であった。
日中は新しく見つかった美しい惑星を見ようと見物客で溢れかえっていたが、深夜である今はたった二人の女と男しかいない。加えて、その二人はどちらもナベリウスには目を向けていない。
二人は戦っているのだ。女は清らかに思えるほどに美しい白い剣を、男は邪悪に思えるほどおぞましいどす黒い剣を持っていた。
白と黒の剣がぶつかるたびに、その刃に伝導されたエネルギーが反発しあって激しく火花を散らす。
「なぜだ!」
男は困惑していた。
「なぜ倒せない! 俺は人を超えているのに!」
事実、男は人ではなかった。皮膚は剣と同じくどす黒く変色し、血のように赤い瞳には妖しい輝きが宿っていた。だがしかし、女が持つ白い剣から放たれている光に照らされた場所から、どす黒い皮膚は灰のようになってボロボロと崩れていく。崩れた場所は黒い剣に宿る尋常ならざるおぞましき力が即座に修復していくが、それで力の大部分を消費してしまい、女を倒せる事ができないでいる。
「カラス! はやくその剣を手放すのよ。それは人が使っていい武器じゃない!」
「うるさい! 上からモノを言うな、アマサギ! 俺はこの黒のセイバーに選ばれたんだ。俺は……俺はお前より強いはずなんだ!」
カラスと呼ばれた人ならざる男がどす黒い剣をアマサギと呼ぶ女に振り下ろそうとする。その一刀は達人と呼ぶに相応しき速度を持っていた。
「カラス!」
だが、アマサギはそれを超えた。まさに電光石火。後に動いたにも関わらず、彼女の刺突は先手を打ち、カラスの心臓を貫く。
「アマサギ……お前さえいなければ」
それがカラスにとって最後の言葉であった。アマサギが彼から剣を引き抜くと、命を失った体は背中から倒れていく。
「結局、こうするしか無かったのね……」
動かなくなったカラスの体を見下ろすアマサギの瞳には悲しみがあった。憎い敵を倒した痛快さも、自分の強さを証明した喜びもない。あるのは親しい者を殺した心の痛み、良心の痛みであった。アマサギは後悔に苛まれている。自分がカラスの抱えている暗闇に気づくことが出来ているのならば、あるいは彼が黒のセイバーを持つことを未然に防ぐことが出来ていたのならば。剣の技を磨くことしか考えてこなかった自らの愚かしさを、ただただ恥じていた。
アマサギはカラスの右手を見る。黒のセイバーは未だカラスの手に握られていたままだった。
人を人ならざるものへと変貌させるおぞましき剣。それは宇宙の未知なる場所から突然やってきた怪物なのではなく、人が科学力によって生み出されたものである。科学とは近い道によって善悪が別れると言われるものの、黒のセイバーは邪悪さを発露するためだけに存在している。この剣が科学の産物であり、科学が人によって編み出されたものであるのならば、人には言い訳がつかないほどの邪悪さが内包されていることになる。
「こんな武器、あってはならない」
人の邪悪さを無視するわけではないが、だからといって無為に延々と直視し続けることができる現実というわけでもない。アマサギは黒のセイバーを破壊するため、白のセイバーを振り上げた。
その時である! 突如としてカラスの体が起き上がった。
「おっと、まだ私は破壊されるわけにはいかない」
その声はカラスのものであったが、アクセントやイントネーションはまったくの別物であり、まるで彼の声を使って誰かが言葉を発しているかのようだった。
「お前は何者?」
油断なく剣を構えつつアマサギは問う。
「私はこれだ」
カラスの死体を操っている何者は、黒のセイバーの切っ先をアマサギに向ける。
「この私、黒のセイバーは当初はただの武器であったが、今は確固たる人格を持っている。おそらく黒のセイバーにあるブラック・フォトンがカラスの精神とシンクロした結果、ブラック・フォトンに「私」という知性が発生したのだろう。そして、知性を獲得したからには、おいそれと破壊され……いや殺されるわけにはいかない」
操られているカラスの死体が黒のセイバーを床に突き刺した。それと同時にアマサギは背後から殺気を感じ取り、無意識のうちに横へ跳んだ。すると、先程まで彼女がいた場所を黒い刃が貫いていた。
「いったい、何が!?」
その黒い刃は展望室内の影がある部分から出現していた。まるで、影を刃の形に個体化したかのような攻撃である。
「カラスの記憶を元に、私なりに技を編み出してみた。名付けて【メギド・剣山の型】といった所かな」
知性が芽生え、その僅かな時間に新しい技を編み出した。黒のセイバーはあまりに危険だ。アマサギは白のセイバーを構え直し、炎のような闘志を敵に向ける。
「今はお前と戦うつもりはない。おそらく、私はまだお前に勝てないだろう。だからここは逃げに徹する」
黒のセイバーが再び【メギド・剣山の型】を放つ。だが、影の刃はアマサギに向かわず、展望室にある巨大なガラス窓を破壊した。
室内の空気が凄まじい勢いで外へ漏れ出していく。アマサギは自分の剣を床に突き刺して宇宙へ吸い込まれないようにする。
「さらばだアマサギ! だが私はいつか帰ってくる。そして、並ぶものがいない強者の頂点となってみせよう!」
黒のセイバーに操られたカラスの死体は宇宙へと飛び出した。
黒のセイバーはみるみるうちにアークスシップから離れていき、やがてナベリウスの重力圏に入った。カラスの死体は大気圏突入による摩擦熱で跡形もなく消滅したが、黒のセイバー自身はその高熱に耐えきり、稲妻のごとくナベリウスの大地に突き刺さった。
黒のセイバーは、自分が支配するに相応しい宿主が現れるのを待つことにした。いずれナベリウスにオラクル船団の人間が訪れることは、カラスの記憶を読み取って知っていた。
それから200年の年月が流れる。
一人の男が黒のセイバーの前に現れる。ついに、その時が来てしまったのだ!
「なんだ、これは。剣か?」
その男はおもむろにどす黒い剣をつかむ。表情を浮かべる体を持たぬ黒のセイバーだが、その精神の内奥では邪悪な笑みを浮かべていた。
都市を内包する巨大な宇宙船の群れで構成されるオラクル船団にて結成されたアークスは、ダーカーと呼ばれる宇宙の怪物と日夜戦い続けている。その歴史の中ではダーカーを倒すための技術が数多く編み出された。
アマサギ流法撃剣術もそのうちの一つだ。この剣術の開祖であるアマサギという名を持つヒューマンの女性はテクターであった。テクターは魔法を科学的に解明した技術であるテクニックを使い、味方の支援を行うものたちだが、アマサギはその上で自らも前線で戦っていた。その戦闘技術を体系化したのがアマサギ流なのだ。
アマサギの死後もアマサギ流は彼女の教え子たちが継承し、数世代を経た現在においてもこの技術を習得している者たちがアークスにいる。
スタークォーツの名を持つキャストの少女は、アマサギ流において史上最年少の16歳で皆伝を認められるほどの資質を持っていた。皆伝とはすなわちアマサギ流の全てを習得したと認められること。そして16という年齢はアマサギ流の歴史において最年少であった。
スタークォーツは自宅を改装した道場で、自分の身長と同じ高さの大きな氷柱と向き合っていた。この氷柱は彼女が極低温を生み出すバータ系テクニックで作り出したものだ。
氷柱の前で刀剣型ウォンドと呼ばれる剣を構え、スタークォーツは呼吸を整える。体を機械化した人種であるキャストに呼吸の意味など無いかのように見えるが、唯一の生身である脳は酸素を必要とする。加えて、精神的な面でおいても調息は必要なのだ。
「ヤァーッ!」
整えた呼吸を爆発させ、スタークォーツは剣を振るった。
一瞬の間。その後、斜めに切断された氷柱の上半分がばったりと倒れた。
「お見事」
背後からの賞賛にスタークォーツは振り返る。
「ハトミさん、来ていたのですか」
アークス管制官の制服を来た二十代半ばの女性が立っていた。
「ええ。呼び鈴を鳴らしたのですが、気づかれないほどに集中されていたようですね」
ハトミは氷柱に近づき、その切断面を観察する。
「まるで最初からこの形であったかのようです。ものすごい腕前ですね」
「そうでもありません。これが出来ないと、アマサギ流では皆伝を認められませんから」
アマサギ流で皆伝に至るにはいくつかの試験を乗り越える必要がある。この氷柱斬りはその一つだ。初心を忘れないためにも、スタークォーツは鍛錬のときは欠かさず行っている。
「それで、私のところ来たということは何か用事でも?」
「はい。あなたに新しい任務がおりました。私とあなたの最初の任務です」
管制官と戦闘員は二人一組で任務に当たる。管制官は任務に必要な情報収集と各種手配等のサポートを行い、戦闘員が現地で任務を果たす。だが、スタークォーツはハトミとまだ一度も任務に当たっていなかった。先日行われた人事異動で、担当補佐官がハトミに切り替わったばかりだったためだ。
「すでに準備は出来ています。さ、出発しましょう」
「わかりました」
スタークォーツはハトミが運転する車に乗り、任務へと赴く。
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