深夜、日付が切り替わって間もないころにフーリエは帰宅した。
「ふぅ、やっと帰ってこれました」
今回の任務は長丁場で、惑星ナベリウスで現地調査する学者を三日間にわたって護衛するという内容だった。
護衛というのは簡単な仕事ではない。周囲に敵がいないか常に注意している必要があると同時に、護衛する相手の状況も把握していなければならない。フーリエはキャストだが、三日間も気を張り詰め続けていれば、機械の体ですら強い疲労を感じてしまうものだ。
「お風呂は……さっき防疫シャワーを浴びたからいいですね」
惑星から帰還したアークス隊員は、現地の病原菌などを持ち込まないよう、全身を洗浄する規則となっている。
「ああ、はやくベッドに飛び込みたいです」
しかし、まずは着替えないといけない。
フーリエは自宅にある換装ハンガーに体を預ける。
換装ハンガーから伸びてきた数本のロボットアームがフーリエのボディ各所にあるアーマーを取り外していく。2,3分ほどすれば、彼女は素体のみの状態となった。
「うん、体が軽いですね」
この軽さがフーリエに仕事から開放されたという実感を与えた。
アークスに所属するキャストの戦闘員は自宅に換装ハンガーを持ち、こうしてボディを換装して日常生活に適した状態にする。彼女は汎用性重視で素体に追加アーマーを取り付ける形を取っているが、中には戦闘特化ボディと日常生活用ボディをそれぞれ所有し、状況に応じてボディをまるごと交換する者だっている。ただし、その場合には構造の違いによって、ボディを交換するたびに違和感が発生して、ストレスが蓄積するというデメリットが有る。
ボディの換装を終えたフーリエは、寝間着を身に着けてベッドに横たわる。このあたりは生身の種族と変わらない。体が機械でも、柔らかいベッドに体を預けて眠りたいという欲求は存在するのだ。
「明日はお休みですし、シッピングに行きましょうかね」
どの店に向かうかを考えながらフーリエは眠りにつく。
それからおよそ8時間後。アークスシップ内の人工太陽から発せられる穏やかな朝日とともにフーリエは目が覚めた。
「うーん。よく眠れました」
仕事がある日はボディ内臓のタイマーで機械的に目覚めるようにしているが、やはり自然に目覚めたほうが健やかで清々しかった。
ベッドから起き上がったフーリエはクローゼットを開けて私服を取り出す。
キャスト化手術を受ければ次第に裸であるという感覚が失われていくが、ファッションや公共マナーという目的から、衣服を着用するという習慣は以前残されたままだ。
フーリエの場合は、仕事で使う戦闘アーマーの色がオレンジ色なので、気分を切り替えるために私服は青や緑などの寒色系を好んで着る。
着替えを終えて自宅を出たフーリエは、近所にある飲食スペース付きのパン屋で朝食を済ませつつ、個人携帯端末に送られてきたプライベートなメールを確認する。
「あの店、このアークスシップに支店を出したんですね」
それは別の船に本店を構えるファンシーグッズの専門店が顧客向けに送る広告メールだった。その店はフーリエが大好きなリリーパ族のグッズを取り扱っており、ときどき訪れていた。
「もうわざわざ別の船に行かなくてもすみますね」
今日行く店は決まった。フーリエはリリーパ族のグッズを求めて、支店がある場所へと向かう。
うきうきとした気分でフーリエが歩いていると、声をかけられた。
声の主はあの人だった。
「こんにちは。奇遇ですね」
私服の時は印象が大きく変わるので、知り合いでもなかなかフーリエだと気づかれないのだが、この人はちゃんと気がついてくれる。
「これから任務ですか?」
目の前の人はそうだと答える。この人は守護輝士というアークスの中で最大級の権限を与えられているためか、いつも忙しそうにしている。
「私はお買い物です。リリーパ族のグッズを売っているお店が新しく出来たので」
別れ際、あの人はフーリエの私服を似合っていると褒めた。
「ありがとうございます」
フーリエは少し照れくさかった。
「もし困ったことがあったらいつでも声をかけてください。協力させてもらいますよ」
この人は英雄だが、かといってたった一人で戦うべきという道理はない。英雄ならば、だからこそ多くの人々がこの人に協力するべきだとフーリエは考えていた。
考察
キャストのパーツは突起物があったり、現実に動かそうとするとパーツ同士が干渉して体の動きが制限される(ゲーム上ではパーツ同士がすり抜けて干渉はない)ものが多く、日常生活が不便となってしまうデザインが多い。そのため、アークス所属で特に戦闘員であるキャストは、平時のときは余分なパーツを取り外すか、あるいは日常生活用のボディにまるごと換装している可能性が高い。
キャストの体は機械であるため、生身のような老廃物は発生しないが、外部から付着した汚れを洗浄するためにシャワーや入浴を行っているはずである。特に惑星現地に向かうアークスの戦闘員は、外部から病原菌を持ち込まなためにキャストであろうとも衛生管理は徹底しているだろう。
体を痛めることはないので寝具は不要のように見えるが、キャストの全身に生身同様の触覚が存在するならば、柔らかい寝具の上で眠りたい欲求も存在するだろう。また、そういった欲求が無かったとしても、キャストのボディは精密機器であるから、緩衝材代わりのマットくらいは使っても不自然ではないだろう
戦闘員以外のキャストNPCを見ると、基本的に衣服を身に着けている。キャストに裸に対する羞恥心が残っているかは不明だが、キャストには衣服の慣習が存在するようである。なぜそのような慣習があるのかは、おそらくファッションや公共の場でのマナーといった理由だろう。
それ以外にはやはり食事の時の考察同様、人間らしさを保つために、生身と変わらぬ生活を送っていると思われる。
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